奇人変人大集合のハイテンションなドタバタ劇 『迷惑なんだけど?』(カール・ハイアセン 田村義進訳)
正直言って、この仕事は引きうけなきゃよかったと思ってるよ。いちどきにこんなに多くの奇人変人に出くわしたことは、生まれてこの方一度もない。
と、浮気夫と愛人の「決定的瞬間」(「わたしは挿入シーンが見たいの。それこそ決定的な証拠よ」)を撮影するように妻から依頼された、私立探偵ディーリーが嘆くように、ほんと奇人変人が次から次へとあらわれるこの小説。
- 作者: カールハイアセン,Carl Hiaasen,田村義進
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/07/10
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カール・ハイアセンの前作『復讐はお好き?』も、妻を殺そうとした浮気夫と、殺されかけた妻の執念の戦いを描いていたが、思えばこの本では、浮気夫のチャズは、卑劣でしょうもない悪党ではあるが、そんなに常識外れではなかったし、妻ジョーイも強くたくましい女ではあるが、マトモではあった。
- 作者: カールハイアセン,Carl Hiaasen,田村義進
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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けれど、この『迷惑なんだけど?』は、まず主人公ハニーが、最近の言葉でいうと完全なメンヘラというのがおもしろい。
ハニーの身に変化の大波が押し寄せたのは、出産の直後のことだ。フライ(息子)は呼吸障害のため生後二週間ほど病院にいた。そのあいだに、頭のなかで奇妙な音が鳴り響きはじめた。そのときから、自分ではどうにもならない不安と恐怖の発作に襲われ、他人の不品行や不行跡に過剰に(ときとして過敏に)反応するようになったのだ。
と、正義感が強いというのを通り越して、世にはびこる悪を目にしたとたん、それがどんなにチンケなものであっても、息子フライを守るべきという使命感のもと、すぐに戦いを挑むようになったハニー。興奮すると、頭のなかで違う種類のふたつの音楽が鳴り響き(セリア・クルースとナイン・インチ・ネイルズとか)どれだけ心療内科にかかって、薬をのんでも治らない。
そんなハニーがフライと食事をしているときに、うっかり電話セールスマンのボイドがセールス電話をかけ、ハニーに害虫呼ばわりされ、返す言葉で「腐れ〇〇〇!」(小説中では伏字ではありません)と、電話口で怒鳴ってしまったからさあたいへん。ハニーの逆鱗にふれ、追い回されるはめになってしまう。ありとあらゆる手を使って、ボイドの身元を調べあげ、なんとウソのリゾート旅行をでっちあげ、航空券をプレゼントして誘い出し、復讐しようとする始末。
また、ボイドはボイドで、前作『復讐はお好き?』の浮気夫チャズを、もっとしょうもなくしたような、スケールの小さい情けない男。仕事をクビになり、妻から離婚をつきつけられようとしているのに、リゾート旅行をすっかり信じこみ、プロの愛人という言葉がふさわしい、魔性の女である愛人ユージェニーを誘って、ほいほいと乗ってくるのだった……
と、そこにハニーを追い回す狂気の変態ストーカー・ルイスと、ハニーの胸をさわったルイスの指を、殺人カニでちょん切ったことのあるハニーの元夫・ペリー、そして、白人とのハーフでありながら、白人を憎むネイティヴ・アメリカンのサミーも巻きこまれて、どんどんハチャメチャな展開になっていく。
と、こう書くと、なんだかワケのわからん話のように思われるでしょうが、ストーリーテリングのうまさのせいで、それぞれに異様なバックグラウンドを持った、強烈な登場人物が続々と登場するのにもかかわらず、さほど混乱することなく読み進められた。メンヘラ女ハニーが暴走するさまが痛快だった。まあ、たしかに常軌を逸したドタバタ劇だし、なかなか下品な言葉も頻出するので、ついていけない人もいるかもしれませんが。
あと、女性たちのキャラがいきいきしているのも、前作と同様の魅力だった。主人公のハニーが愛されるキャラなのは当然として、ボイドみたいなダメ男の愛人になってしまったユージェニーなんかは、ふつうの小説なら、ただの悪女として扱われるだろうけど、この小説では、最終的にはフライの面倒をみる役目をはたし、新しい人生を歩もうとしたりと、読者が共感できるように描かれている。考えたら、前作の浮気夫チャズの愛人のリッカもそうだった。
なので、最新作の『Razor Girl』も読みたいけれど、翻訳は出るのかな? アマゾンなどを見ると、評判がいいようなので楽しみ。