文学は万能薬? はじめての海外文学@梅田蔦屋書店(2019/01/26)後編(『虫とけものと家族たち』ジェラルド・タレル 著 池澤夏樹 訳など)
さて、遅くなってしまいましたが「はじめての海外文学」@梅田蔦屋書店のレポの続きです。
田中亜希子さんの次の登壇者は、現在ご自身の訳書『タコの心身問題』が大ヒット中の夏目大さん。
タコというと、たこ焼きやたこ八郎(古い!)しか思いつかなかったが、この『タコの心身問題』はどちらとも関係なく(当然ながら)、「心とは何か」を哲学的に考察している本とのこと。
オススメ本は、『ライ麦畑でつかまえて』に『ナイン・ストーリーズ』。
とにかく読んでみてほしいと話されていて、サリンジャーへの熱い思いがひしひしと伝わってきた。“ライ麦畑”は野崎孝訳でも村上春樹訳でも読んだので、柴田元幸訳の『ナイン・ストーリーズ』も読んでみよう。
さらに、ウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』のモデルになった小説として、ヘミングウェイの『移動祝祭日』も紹介。1920年代の輝くパリと、まだマッチョになっていないヘミングウェイが堪能できる作品。
- 作者: アーネストヘミングウェイ,Ernest Hemingway,高見浩
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/01/28
- メディア: 文庫
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次の古市真由美さんのオススメ本は『フローラ』。
記憶を保っていられない少女フローラが、たったひとつのキスの思い出を辿って北極に旅する物語。
えらい寒そうやな……いや、大阪の寒さでもじゅうぶん身体にこたえる私としては、どうしてもそう思ってしまったが、紹介を聞いただけでも、フローラがどうなるのかすごく気になって先が読みたくなった。
古市さんはフィンランド語の翻訳者であるので、推しメンならぬ推しエリアは、やはり北欧とのこと。
ちなみに、次の日の出町座でのトークで、どうしてフィンランド語を学んだのかという話になり、「やはり“ムーミン”が出発点で、原作を読むとアニメとはまた異なる雰囲気だったので興味を持った」というのが「公式回答」と語られていた。(非公式の回答も気になる)
また、ご自身の訳書の『四人の交差点』も紹介。
ある一家の物語が世代の異なる家族によって語られる、フィンランドで大ベストセラーとなった小説らしい。
私はまったく北欧小説に詳しくないけれど、一般的には北欧というと、福祉国家といったほっこりしたイメージがあるが、出てくる小説は、『ドラゴン・タトゥーの女』のミレニアム・シリーズや、アーナルデュル・インドリダソンなど、全然ほっこりしていないように思える。
村上春樹が訳したソールスターもすごくおもしろかったけれど、かなり奇妙な話だった。なので、この『四人の交差点』もサザエさんみたいなほっこり一家の話ではなく、不穏でシビアな物語であろうと期待する。
次の吉澤康子さんのオススメは、『4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した』。
タイトルからもわかるように、わずか4歳でアウシュヴィッツに送られ、最年少の生還者となった作者が語るホロコースト体験。
- 作者: マイケル・ボーンスタイン,デビー・ボーンスタイン・ホリンスタート,森内薫
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2018/04/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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おそらく私だけではないだろうが、ナチスやホロコーストを題材とした本やドキュメンタリーを見るたびに、人間はここまで愚かしく、そして恐ろしい存在になれるのかと考えさせられる。
もちろん、当時ナチスに従ったひとたちがとくに愚かだったわけではない。何かがおかしい、どこかで何かがおきているらしいとうすうす感じながらも、思考停止に陥り、見て見ぬふりをしてしまう可能性は誰にでもある。
4歳の子を収容所に送るなんて信じられないと思うけれど、その信じられないことをしてしまうのも人間であり、そんな状況で助けあうのも人間なのだろう。
ご自身の訳書『ローズ・アンダーファイア』も、第二次世界大戦中に強制収容所に送られた飛行士の少女の物語。
姉妹編である前作の『コードネーム・ヴァリティ』も、同様に戦場で活躍した少女たちの物語である。
原書は“ヤングアダルト”として出版されたというので、戦争ものであっても重くなく読みやすい物語なのかなと思って、実際に手に取ってみたら、いい意味で期待を裏切られた。
向こうの中高生はほんとうにこんなの読んでるの? とおどろいてしまうくらい容赦なく、胸に迫る物語だった。『ローズ・アンダーファイア』も購入したので、また感想をアップします。
最後の和爾桃子さんのオススメ本は、『虫とけものと家族たち』。
紹介文によると、作者ジェラルド・ダレルは「英国のナチュラリスト、作家」であり、1925年生まれで、8歳のときに家族とともにギリシアのコルフ島へ移住と書かれている。そのコルフ島での生活を綴ったのが、この本である。
というと、どうということのない軽いエッセイなのかと思ってしまいそうになるが、訳者の池澤夏樹があとがきで「幸福の典型的な例を書いた本」と称し、「ここに溢れる幸福感につられてギリシアに渡った」というのだから、幸福ってなんなん? と常に思う身としては、見過ごすことはできない。「幸福の典型的な例」を学ぶためにも、ぜひとも読んでみないと。
訳者の和爾さんも、つらかったときにこの本を読んで救われた体験談を話されていた。そう、誰でもつらいときに同じ本をくりかえし読んだ経験はあるのではないでしょうか。これがないと眠れないとばかりに。
たしかに“つら本”は、小説よりも作者がより身近に感じられる、上質の随筆がいいかもしれない。
また和爾さんは、「コルフ島こぼれ話」という小冊子も作られていて、本を購入するとおまけとしてもらえた。そこでもこう書かれている。
人生の辛い時、悲しい時、騙されたと思ってぜひお試しください。
あなたの人生の薬箱に特効薬がひとつ増えますように
和爾さんご自身の訳書にはサキのシリーズがあるが、その中でも池澤夏樹氏がとくにお気に入りだというのが、この『けだものと超けだもの』らしい。
前編でも紹介したように、サキのアンソロジーは数多いけれど、オリジナル短編集の全訳はめずらしい。どれも短編で、ショートショートくらいのものも結構あるので、「はじめての海外文学」にはまさにうってつけではないでしょうか。
「超けだもの」、つまり“super beast”をタイトルに冠しているだけあって、サキもかなりの動物好きだったようで、この本のあとがきにはサキ自身による動物のスケッチもおさめられている。しかし、イギリス人ってほんとうに動物好きですね。(なんなら人間より動物の方が好きなのかもしれない)
それにしても、この日に挙げられた本だけでも、サリンジャーのような痛々しい青春の物語に、切ない恋愛小説、戦争や移民といった厳しい現実を反映したもの、つらいときの助けになる本……そしてタコまでと、ほんとうに幅広い。
よく言われることだけど、人生は一度しか生きられないけれど、本を読めば、さまざまな国のさまざまな人生を味わうことができる。文学とは人生のどんなシチュエーションにも対応可能の万能薬だと、あらためて感じ入ったのでした。