快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

これで悩みも即解決!?なブックガイド『文学効能事典 あなたの悩みに効く小説』(エラ・バーサド・スーザン・エルダキン 著 金原瑞人・石田文子 訳)

 それにしても『文学効能事典』を読むのは楽しい。 

文学効能事典 あなたの悩みに効く小説

文学効能事典 あなたの悩みに効く小説

 

  『文学効能事典』では、「あなたの悩みに効く小説」とのサブタイトルのとおり、さまざまなお悩みに対して、この本を読みさえすればたちまち解決!…とまでは謳っていないが、悩みを解決するヒントになる本を勧めている。

 ちなみにどういう悩みかというと、「片思いのとき」「忙しすぎるとき」「孤独なとき」「無職のとき」といったよくある悩みから、「悪魔に魂を売り渡したくなったとき」「頭がよすぎるとき」「ネクタイに卵がついていたとき」などといった、かなりニッチな状況のものもある。

 これらの悩みに対する処方箋として本が紹介されているわけだけど、納得! というものもあれば、そうかな? とか、なんでまた、というのも結構あって、それはそれで楽しい。

  上の例でいうと、「頭がよすぎるとき」→『フラニーとズーイ』は王道と言えるでしょう。
 「ネクタイに卵がついていたとき」では、「チャールズ2世時代の堕落した宮廷を舞台に、(主人公)メリヴェルは17世紀の世の中のみだらな快楽を飽くことなく追い求める」という『道化と王』が紹介されていて、下品でだらしない男であるメリヴェルは、娼婦とのハレンチ行為に夢中になったり、ズボンに卵をつけたり、すぐにおならをしたりと、あちらこちらで醜態をさらしながらも、それによって王の寵愛を手に入れる物語らしい。前から気になっていたが、やはり必読本だとあらためて思った。 

道化と王 (ヨーロッパ歴史ノベル・セレクション)

道化と王 (ヨーロッパ歴史ノベル・セレクション)

 

  「恋人と別れたとき」→『ハイ・フィデリティ』というのも納得。原作もおもしろかったし、映画の方も原作のよさが生かされていて、ジョン・キューザックはもちろん、ジャック・ブラックが素敵だった。 

ハイ・フィデリティ (新潮文庫)

ハイ・フィデリティ (新潮文庫)

 

その「恋人と別れたとき」では、前に紹介した『話の終わり』も挙げられていて、これまた納得。年下の男と別れた主人公の女が、ほぼ、というか完全にストーカーと化すさまが痛ましく、でもどこかユーモラスな、切ない愛の物語でした。

……と言いつつ、そもそも、本を読んで失恋の痛みが消えるのだろうか? という根源的な疑問はもちろんありますが。

 根源的な疑問というと、「死ぬのがこわいとき」の小説も紹介されていて、ほんとうに死ぬのがこわくなくなるかどうかはわからないけれど、紹介文にはなんとなく納得させられた。

 けれど、翻訳者の金原瑞人さんのあとがきでも触れられている、「恋愛ができなくなったとき」、つまり「愛の終着点にたどり着いてしまった人」へのお勧め本は……正直、うーん、と思ってしまったが。いや、この作者のファンなのですが、この作品はちょっと読むのがキツかったので。何の本か気になるひとはぜひ読んでみてください。

 

 こういった人生とはなんぞや? みたいな悩みばかりではなく、日常の悩みも取りあげられている。「月曜の朝が憂鬱なとき」とか。しかし、ここでは『ダロウェイ夫人』が推奨されているが、これも正直、『ダロウェイ夫人』を読んで、いくらクラリッサが楽しげでも、自分がさあはりきって会社行こう! と思えるかというと…… 

ダロウェイ夫人 (光文社古典新訳文庫)

ダロウェイ夫人 (光文社古典新訳文庫)

 

  とまあ、こんな具合にいろいろ楽しめるこの本ですが、一番の楽しみ方は、先日梅田蔦屋書店のイベントで金原さんも語っていたように、自分でもお勧め本を考えてみることではないでしょうか。ということで、私もいくつか考えてみました。

 まずは、この本でも取りあげられている「恋した相手が既婚者でもあきらめられないとき」。この本のセレクションも納得なのだけど、私が勧めたいのは、井上荒野の『ズームーデイズ』。 

ズームーデイズ〔小学館文庫〕

ズームーデイズ〔小学館文庫〕

 

 主人公の小説家「私」は、妻ある「恋人」カシキがいながらも、8歳年下の学生アルバイト、ズームーと暮らしはじめる。ズームーとの日々は穏やかで心安らぐものだったが、カシキから連絡があると、何をおいても会いに行ってしまう……

私はカシキに使われていた。そうして、カシキに使われない自分になるべく、ズームーを使ったのだった。

 とにかくめちゃくちゃつらい物語なのだけど、どうしてお勧めしたいかというと、最後に出口が見えるので。つらさをくぐり抜けた先に、ああこういうことなんだな、と心にすとんと落ちるものがある。

 現在進行形でつらさ真っただ中の場合は、こんな気持ちになることなんてあるのだろうか? と思うかもしれないが、いつかきっとそのときは訪れる、と言いたい。
 といっても、私も悟りの境地に至っているわけではなく、ある地獄を抜けたら、また別の地獄に入っていた、ということかもしれないが……

 あと、「アルコール依存症のとき」には、小田嶋隆さんの『上を向いてアルコール』を勧めたい。けれども、タバコは吸わず、酒もほとんど飲まない私は、依存症から遠く離れた性質なので、この本を読めばアルコール依存がよくなるのかどうかはわからない。ただ、アルコール依存に陥る過程について、そういうことかと気づかされたので挙げてみた。

上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

 

 何に気づかされたのかというと、アルコール依存に陥るのは、悩みごとや忘れたい事柄があるからではないかと思っていたが、小田嶋さんはきっぱりと否定している。
 酒で現実逃避はできない、嫌なことを酒で忘れることなんてできない、と考えたら至極あたりまえのことを語っている。仕事のストレスのせいで酒に溺れた……とかいった、後付けのストーリーはみんなウソだと述べている。

 ではなぜ、アルコール依存症になるのか? なる人とならない人がいるのか? 
 それについてははっきりと答えは出ていない。遺伝的な体質も関係しているようだし、環境(会社員かフリーランスかといった)も大きく影響する。
 
 ただ確実に言えるのは、アルコール依存症は「否認の病」と言われているように、患者は「自分はアルコール依存症ではない」と強く思っている。たまには飲まない日もある、毎日ものすごい量を飲んでいるわけではない……と心の中で「証拠」を抱いている。
 となると、大事なのは、自分が依存症であることを認めること、つまりは自分のもろさや弱さと向きあうことなのかな、と感じた。

 ついでに、「薬物依存症のとき」には、レッチリのアンソニーの自伝『スカーティッシュ』もお勧めしたい。

スカー・ティッシュ―アンソニー・キーディス自伝

スカー・ティッシュ―アンソニー・キーディス自伝

 

  結構前に原著で読んだのだけど、とにかくドラッグ漬け→これではダメだと必死で脱ドラッグする→けれどもまた元の木阿弥でドラッグに手を出す、その合間にはガールフレンドとつきあったり別れたり、というのがえんえんとくり返される。無限ループ? と思う瞬間もあったが、それだけドラッグと手を切るのは難しいのだろうと、つくづく考えさせられた。

 ジョン・フルシアンテの前のギタリスト、ヒレルがオーヴァードーズで悲痛な死を遂げるくだりも印象深かった。これを読むと「Under The Bridge」がいっそう胸に迫るのではないでしょうか。

 そして、上でも挙げた「死ぬのがこわいとき」には、『マハーバーラタ』にチャレンジしてみてはどうでしょうか。

原典訳マハーバーラタ〈1〉第1巻(1‐138章) (ちくま学芸文庫)

原典訳マハーバーラタ〈1〉第1巻(1‐138章) (ちくま学芸文庫)

 

  もちろんこれ自体、インドを代表する古典の名作であり、世界の三大叙事詩のひとつであるけれど、それだけでなく、サンスクリットの原典からの全訳に取りかかっていた上村勝彦氏が、全11巻のうち8巻目の途中で2003年に急逝したという事実を思うと、自分の命を投げうってこの本に情熱を捧げた姿が想像され(なにひとつ事情など知らないので、まったくの想像ですが)まさに身命を賭す仕事、という言葉が浮かんでくる。

 命あっての物種というのは身もふたもない事実ですが、自分の命よりも大事と思える何かに全身全霊で捧げてみるのもよいかもしれない。

 では最後に、「救いようのないロマンチストのとき」。
 この本で挙げられている、『恋を覗く少年』もすごくおもしろそうだけど(「ロマンスを崇拝し続け、その登場人物を十二宮図の神々のようにあがめて、自分を神々の使者を勤めたメルクリウスに見立ててきた」)、私としては、救いようのないロマンチストには坂口安吾を勧めたい。そのなかでも『青鬼の褌を洗う女』がいいのではないでしょうか。

 私の男がやがて赤鬼青鬼でも、私はやっぱり媚をふくめていつもニッコリその顔を見つめているだけだろう。私はだんだん考えることがなくなって行く。頭がカラになって行く。ただ見つめ、媚をふくめてニッコリ見つめている、私はそれすらも意識することが少なくなって行く。

 それにしても、自分で考えてみると、いくらでも思いついて楽しい。もっとニッチな状況についても考えてみたい。いろんなひとのブックガイドも聞いてみたいところです。