女の幸せって?? その2 『悪意の糸』 マーガレット・ミラー
前回、「女の幸せ」という観念が、どんどん女性を不幸にしていることについて書いたけれども、このマーガレット・ミラーによる『悪意の糸』も、そんなことを考えずにはいられないミステリーだった。
医師シャーロットのもとに、夫ではない男の子供を妊娠してしまったという若い女性ヴァイオレットがやってくるところから物語がはじまる。
シャーロットは医者という仕事に誇りをもつ、この時代(1951年刊行)にはまだ珍しい自立した女性であり、愛する恋人もいる。ただ、その恋人は既婚者であり、その妻は自分の患者でもある。シャーロットは、自分はいわゆる ”愛人” ではなく、お互いに対等な恋人同士だと考えている。が、もちろん、妻にたいする罪悪感、そして嫉妬を感じずにはいられない。
ヴァイオレットは、DV(この言葉はなかった時代だが)夫と、自分の保護者である小悪党のおじに虐げられる女性であり、この夫とおじは、ヴァイオレットの妊娠すらもゆすりのネタにしようとする、とんでもない男たちである。
この二人の女性の人生が、「悪意の糸」によって交錯していくところが、非常に読みごたえがあった。
シャーロットとヴァイオレットは、どう見ても一般的な「女の幸せ」から、かけ離れた女性だ。一方、シャーロットの恋人の妻であるグウェンは、家の中だけで裕福に暮らす妻であり、まさに「女の幸せ」を体現したような女性であるが、
「家と犬を生きがいにして暮らしているが、真夜中に恐怖の発作に見舞われること」(ぬいぐるみを通り越しておもちゃみたいな犬を抱えているマダムの姿が目に浮かびますね)があり、神経症――心気症、あるいはいまで言うパニック障害か――を病んでいて、主治医であるシャーロットにしがみつく。
マーガレット・ミラーは、『狙った獣』でも、なに不自由なく暮らしている女性が理不尽な恐怖におそわれる話を描いていて、ストーリーが進むにつれ、どんどんと恐怖が増していき、最後に読者にあたえる衝撃と余韻が印象深かった。
- 作者: マーガレットミラー,Margaret Millar,雨沢泰
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1994/12
- メディア: 文庫
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『狙った獣』については、これ以上なにを言ってもネタバレになりそうなので、興味がある人はぜひ読んでくださいとしか言いようがないですが、こちらは、そこまでびっくりさせられる展開はなく、そのぶんふつうのロマンス風味の小説としても楽しめると思う。
この本を最後まで読むと(少しネタバレになるかもしれませんが)、
意外などんでん返しというか、だれも悪い人間はいなかったことに気づく。
「思っていたよりずっといい人だ。」なのに、だれも幸せにはならない。
だからこそ、やりきれない悲しみや、だれかを愛することのつらさが胸に残った。