快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

ほんとうに冷笑されるべきはだれか? 『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』 渋谷直角

 先日紹介した『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』がおもしろかったので、ちらっと立ち読みしていた『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』を、ちゃんと買って読みました。 

  表題作は、まず自分のことをカーミィと名乗る女子が、自らのバンド『カーミィ&スモールサークルオブフレンズ』のライブ(観客はおそらく友人たち)で、ピチカート・ファイブの『Sweet Soul Revue』を歌っているところからはじまる。


 というと、なんとなく予想がつくでしょうが、なんとしてもプロのシンガーになりたいカーミィが、なりふり構わずのしあがろうとする話です。ミュージシャンや有名人と出会うと、プロデュースしてもらうため、速攻枕営業をかけ、付き合っていてもなんのメリットもない昔のボーイフレンドはポイと捨てる。野宮さんや、カヒミ・カリィのようになりたい(別に具体名は作品の中で言及されていませんが)というより、なにより


有名になりたい……!!! 手段は問わない……!!!


のである。
 で、枕営業として屈辱的なプレイまでさせられたり、なんだかんだあって、最終的に、シングルマザーになったカーミィが、雑誌『Kuinol』(どう見ても『Ku:nel』のパロディー)にハンドメイドのミトン作家として取り上げられる。『Ku:nel』もとい『Kuinol』のほんわかした癒されるような紙面に、目がいっちゃってるカーミィが掲載され、カーミィの心の叫びがもう一度描かれる。


有名になりたい……!!! 手段は問わない……!!!


という最後のオチを見たとき、思わず膝を打ちたくなった。

 前から、よく『Ku:nel』とかに紹介されている、金や野心といった世俗的なことを超越したような“自然体”のひとたちって、ほんと嘘くさいと思っていたのだ。いや、もちろん、なかにはほんとうに素がそのままのひともいるんだろうが、カーミィみたいに上昇志向や欲望の権化で、有名になれる場所を探して探して、ようやく“自然体”市場にたどり着いたひともきっといるはずだ、と。


 といっても、私は別に、カーミィのようなひとたちを悪いとか、イヤだとは思わない。むしろ、もっと頑張ってグイグイ突き進んでいってほしいとすら思う。作者自身も、この漫画に出てくる、ふつうの感覚からすると、かなり“イタい”主人公たちを温かく(生温かく)見守っているのだと感じる。よくネットの評判などで見られるように、決して冷笑しているわけではないのだろう。


 次の作品『ダウンタウン以外の芸人を基本認めていないお笑いマニアの楽園』でも、タイトル通り、お笑いマニアで芸人を目指している主人公の生態を描いている。お笑いとは無関係のバイト仲間にもツッコミを求めたり、あるいはダメ出ししたりと、ウザいことこのうえないけれど、ピン芸のネタ見せに行ったり、はては好きな女子に告白したりと、ちゃんと自分から行動を起こしているので応援したくなった。


 そう、あとの二作品『空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガーの恋』も『口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画』にしても、主人公はそれぞれ詩を書いたり、ミニコミを作ったりしている。
 当然ながら、どれも成功せず、なんにも実らないのだが、それでもやはり自分から行動を起こすことに意味があるのであり、ほんとうに冷笑されるべきは、自分ではなにもしないくせに、(クサい言葉ですが)夢に向かってあがいているひとたち――これらの主人公たちみたいに――をあざ笑うひとたちではないか、と感じました。
 奥田民生のように余裕ある大人になりたいと思いつつ、仕事や恋愛がごたごたしはじめると、あっというまにいっぱいいっぱいになるコーロキが愛すべき存在だったように。