快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

不条理な男の不合理な殺人 ウディ・アレン最新作『教授のおかしな妄想殺人』

 先週の水曜はひさびさに映画館に行き、『教授のおかしな妄想殺人』を見てきました。そう、前に書いたキャロライン・ケプネスの『YOU』でも、文科系男女の必須アイテムとして扱われていた、ウディ・アレン監督の新作映画です。


 ちなみに、ここ最近のウディ・アレン作品の私の感想は、『ミッドナイト・イン・パリ』は普通に面白かった、『ブルー・ジャスミン』は傑作!(救いのない話が好きだからかもしれないが)、この歳になってもまだまだ健在だなと感服し、『マジック・イン・ムーンライト』は、う~ん…(ニューヨークからの飛行機のなかで見たというのもあるのかもしれないが。でもやはり、コリン・ファースエマ・ストーンってカップルになるには歳が離れすぎでは?)という感じでした。


 けど、映画がはじまってしばらくは、ホアキン・フェニックスの堂々とした太鼓腹にばかり目がいってしまい、『her』や『インヒアレント・ヴァイス』も見たけど、こんなんやったっけ??と気になって仕方がなかった。あとで調べたところ、ホアキン・フェニックスは、無気力な鬱状態に陥った大学教授を演じるために増量したとのこと。


 ストーリーは、タイトルからコメディなのかと思っていたら、まったくそうではなく、『罪と罰』(映画の小道具としても出てくる)をモチーフにしたサスペンステイストの作品だった。原題は「Irrational Man」(Irrational:不条理な、不合理な)なのだけど、なんでこの邦題にしたんだろう。
 『マッチポイント』『夢と犯罪』と同系列の映画だけど、この二作品は犯罪にいたる過程や動機がきちんと筋道つけられていたように思うが(見たのかなり昔なので、あまり自信がないですが)、この作品はタイトル通り、まったく不条理に犯罪がなされる。


ここから本作品、『マッチポイント』『夢と犯罪』のネタバレが入りますが


『マッチポイント』『夢と犯罪』は、最後まで結局真犯人が罰せられないところが、ウディ・アレン流の人生の不条理さや皮肉の描き方だったが、この作品では、陰気に哲学を教え、ときには自殺志願すらしてみせるホアキン・フェニックス(演じる教授)が、ささいなきっかけで犯罪に手を染めることを決心したとたん、生きる気力がわいてきて、人生が輝き出すというところに皮肉を感じた。


 犯罪で人生が輝き出す前の教授が引用するキルケゴール

不安は自由の眩暈だ

と語っている。例をあげて説明すると、絶壁の上に立っている男が経験する恐れには二種類ある。一つめは、絶壁から落下する恐れ、二つめは、飛び降りるか否かという選択は絶対的に自分の自由だと気づいたことから生じる恐れ、ということらしい。つまりは、人間の存在や自由意志というものは、根本的に不安なものだということなのでしょう。(↓の本を参考にしました) 

哲学大図鑑

哲学大図鑑

 

  この教授は、絶壁の上でまさにこの「実存の不安」にさらされていたが、ふとしたきっかけで絶壁から飛び降りてしまったのかもしれない。


 そして、こういう大きな「心の穴」を抱えた男に、エマ・ストーンとパーカー・ポージー演じる女たちが吸い寄せられていく様子を描くのは、さすがの手練れの技であった。このエマ・ストーンくらいに痛い目にあわないと、女は目が覚めないのだろうかと考えるとおそろしい。まあたしかに、あの同級生の彼氏は、「いい人」という以外は、なんの取り柄も面白みもなさそうだったけれど。


 正直、映画を見た直後の感想は、まあまあというか、ちょっと物足りない感じもしたが、前半に描かれていた哲学を伏線として考えると、なかなか考察のふくらむ作品ではある。
 また、さっき「まったく不条理」に犯罪がなされると書いたけれど、客観的にはそうなのだけど、本人のなかでは「悪を成敗する」という条理がある。ひとりよがりの正義の独善さ、それがエスカレートして狂気に陥るさまを皮肉に描いているとも言える。自分とは直接関係のない相手の殺人から狂気、そして破滅に至るという点は、これも前に書いた、ハイスミスの『見知らぬ乗客』にも共通するものがある。


 そういえば、これを見た大阪ステーションシネマでは、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』のトートバッグ付き前売り券を販売していたので、ちゃんとゲットしました。楽しみ。『FAKE』も気になっていて、見たら絶対に面白いんだろうけど、まだ踏み出せていない