快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

”歴史の証人”となるためのブックガイド① ジョージ・ソーンダーズ『Lincoln in the Bardo』、『歴史の証人 ホテル・リッツ 生と死、そして裏切り』( ティラー・J・マッツェオ 著, 羽田 詩津子 訳)

 先日のノーベル文学賞に続き、ブッカー賞も発表になりましたね。日本でもすでに何冊か訳されている、ジョージ・ソーンダーズの『Lincoln in the Bardo』が受賞したとのこと。 

Lincoln in the Bardo: A Novel

Lincoln in the Bardo: A Novel

 

 

短くて恐ろしいフィルの時代

短くて恐ろしいフィルの時代

 

  人気作『短くて恐ろしいフィルの時代』を訳された、岸本佐知子さんのツイートによると

最愛の息子を幼くして失ったリンカーンが夜ごと墓地に舞い戻って息子の亡骸を抱きしめて泣いた、という史実に基づいて幻視された、墓地での一夜を描く物語です。

なにしろ舞台が墓場なので、数十人にのぼる登場人物はほぼすべて死者。メインキャラその1は新婚初夜直前に死んだので全裸で勃起しっぱなしの姿、その2は全身に目や鼻が無数についていて、その3は永遠に驚愕の表情が張り付いて取れない。

この一夜の出来事がリンカーン南北戦争、そして奴隷解放にも大きくかかわっていく、という感動的な流れになっていく。これが初長編ですが、ブッカー賞受賞もうなずける堂々たる風格の作品です。いやほんとにおめでとうございます。

とのことで、正直、どんな話なのやらいまいち想像がつかないけれど、めちゃくちゃおもしろそうではある。

 実はいま、歴史に関する本をいくつか読んでいて、リンカーンに関するノンフィクション『リンカーン』も目を通していたのだけど、 

リンカーン(上) - 大統領選 (中公文庫)

リンカーン(上) - 大統領選 (中公文庫)

 

 そこでも「ぼうやが逝ってしまった 1862年冬」という章で、このリンカーンの生涯の大事件が語られている。

 なんでも、リンカーンの奥さんメアリーは、高い教育を受けた才気煥発な女性であり、大統領になるような男と結婚したいという野心と自己主張が強かったため、すっかり嫌われ者になり(なんだか最近も聞いたことがあるような話だが)、現代に至るまで悪妻と言われ続けているけれど、
この本によると、息子ウィリーの死に打ちのめされたメアリーは、「罪悪感と深い悲哀感に苛まれ」「自身の傲慢な自尊心を罰するために、ウィリーの命を奪っていったのではないか」と思うようになり、降霊術などにはまっていく。

 そして、リンカーンが暗殺され、さらに息子テッドを亡くしたあとは、いっそう精神が不安定になり、精神病院に収容されたりと孤独な晩年をおくったらしい。

 ちなみに、この英文記事によると、ソーンダーズはチベット仏教の信者らしく、仏教徒として、死、そして再生(生まれかわり)のはざまを描いているとのこと。

www.nytimes.com

私も一応仏教徒だけど、理解できるのだろうか、、、以下が本人のコメントです。

“For me, the book was about that terrible conundrum: We seem to be born to love, but everything we love comes to an end,” (conundrum は謎とか問答という意味ですね)

リンカーン・イン・バルド』は上岡伸雄さんの訳で来年に刊行予定で、その前作『十二月の十日』は岸本さんの訳で出るそうです。楽しみだ。

 あと、『歴史の証人 ホテル・リッツ 生と死、そして裏切り』も読みました。 

歴史の証人 ホテル・リッツ (生と死、そして裏切り)

歴史の証人 ホテル・リッツ (生と死、そして裏切り)

 

  これはパリの高級ホテルであるホテル・リッツに焦点をあて、19世紀末から20世紀半ばまで、ホテル・リッツに出入りする人々の群像劇として歴史の変遷を見事に描いたノンフィクション。

 ドレフュス事件でゆれる世紀末のパリで、文名を高める野心に燃えるマルセル・プルースト。そして、もっとも多くのページが割かれているのは、やはりナチス占領から連合軍による解放までであり、ホテル・リッツで秘密裡に行われていたレジスタンス活動、「パリは燃えているか」に逆らい、パリを燃やさないようにしたコルティッツ司令官、解放の瞬間を一番に見届けようとホテル・リッツに乗りこみ、乱痴気騒ぎをくりひろげるヘミングウェイロバート・キャパ

 ドイツ人将校の愛人となったことから、ナチスに協力した罪を問われ、「この年で愛人を持つチャンスを与えられたら、相手のパスポートなんて見るものですか」とやり返したココ・シャネル。「王冠をかけた恋」として有名な、エドワード6世とウォリス・シンプソン夫婦もホテルの常連として重要な登場人物なのだけど、「愛する女性のために王位を捨てた」みたいな素敵イメージがあったが、ナチスに協力的であったり、エドワード6世もプレイボーイだったらしいけど、ウォリスも結婚してからも不倫しまくりだったりと、なんだかゲス夫婦のように感じてしまった。


 最後、パリはナチスから解放され、戦争が終結し平和が訪れるが、キャパは地雷で命を失い、アルコールに溺れたヘミングウェイは自らの頭に銃を向け、ホテル・リッツにも悲劇がおきる……

 訳者あとがきにある、まさに「時代とホテルが渾然一体となって造りだした濃密なドラマ」を目撃しているように感じられる一冊だった。