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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』 鈴木 涼美

 

 

 ちょうど気になっていたら、キンドルの月替わりセールで安くなっていたので購入しました。
 
 正直なところ、世間でのイメージ、いわゆる「エリートの昼の世界と歌舞伎町に代表される夜の世界、ふたつの顔を持つ女性」から(こう書くと、なんだか東電OLのようなキャッチフレーズで申し訳ないですが)、ぜんぜん自分と違う価値観でもって語られるのかと思っていたら、たしかに、キャバクラやホストクラブなんてまったくわからない世界だけど、

世間一般のモラルに偽善や違和感を感じ、それより刹那的な楽しさや、その時の感情に価値をおき、女友達には親身になって時には助けあうが、基本オトコは信用できない――などの要素(もちろんこの通り書かれている訳ではなく、私が勝手に本から読み取ってまとめたもの)は共感できた。

 雰囲気としては、モノローグのような口調で、自分や身の回りの女性たちのオトコをめぐるあれこれ、人生の選択などをとめどなく綴っていて、『Sex and the City』の原作を思い出した。
(『Sex and the City』の原作とドラマの内容がどれだけ違うかは、山崎まどかさんの『女子とニューヨーク』に詳しい。鈴木さんの方が、キャンディス・ブシュネルよりずっと教養があるとは思いますが)

 

女子とニューヨーク

女子とニューヨーク

 

 

 ただ、私はライブに行ったり、ふつうに遊んだりするのは好きなので、そういう夜の刹那的な楽しさは理解できるけれど、ホストクラブとかの楽しさはまったく理解できない。かつて中村うさぎのエッセイも読んだりしたけれど、やはりホストにはまる気持ちというのは謎だった。単純に、ああいうルックスの男とは、たとえこちらが金をもらったとしても接触したくない、というのが大きい理由だが。

 そのへんは、やはり育ちの違いなのかとつくづく感じた。
   
     いや、私のように、地方のエリートから程遠い家(大学を出たのは親戚のなかで私だけ、というような)で育った人間に限って、サブカル的なものにぼんやりと憧れを抱き、小沢健二君のような存在を王子様のように思ったりするが、
彼女のように、エリート一家で育ったら、カルチャー的なものには微塵も憧れを抱くことなく、まったく違う世界に吸い寄せられたりするのだろうか、と思った。
     そういえば、中村うさぎも、厳格な家で育ち、とくに父親が信念の人だったらしいことがエッセイからうかがえる。

 この本では、父親についてはあまり触れられておらず、それはそれで興味深いが、母親の存在感がきわめて大きい。母親も学者なので優秀なのだと思うが、いわゆるエリート家庭で育った人ではないようで、なので上記の説どおりに(?)、サブカル的な価値観があるのか、若いときはアングラ劇団に関わっていたこともあるらしく、
娘に対しても、世間体を気にして世間一般のモラルをふりかざしたりはせず、いつも自分の言葉で真剣に語りかけている。

 彼女の今後、そして彼女と母親のこれからのストーリーが読みたい、と思ったのは私だけではないらしく、さまざまな媒体で連載もしているようなので、それも読んでみたいと思いました。