快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

160年前の「女のいない男たち」~ツルゲーネフ『はつ恋』(神西清訳)と『ドライブ・マイ・カー』(村上春樹原作・濱口竜介監督)

さて、今回の書評講座の課題本は、ツルゲーネフ「はつ恋」でした。(青空文庫でもあります)

言わずと知れた文豪ツルゲーネフによる名作。

といっても、案の定、読むのは今回がはじめて。
きっとタイトルどおり、甘酸っぱい初恋が描かれているのだろうと思いつつ、実際に読んでみてどうだったかというと……下記のように書きました。
※古典なのでネタバレも何もないかもしれませんが、結末まで書いてあります。


(ここから)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(題)160年前の「女のいない男たち」                                


映画『ドライブ・マイ・カー』では、40代の主人公の男が涙を流す。その場面について、濱口竜介監督は、「男性で、しかも年長者になりつつあるということは、気がつかないうちに強者の態度を取る罠にはまる可能性があって、その危険は常に感じています」と語っている。


『はつ恋』では、16歳の主人公が隣家の娘ジナイーダをひとめ見て恋に落ちる。だが、「わたし、誰の手にもひっかかりはしないわ」と言って、崇拝者たちを弄んでいたジナイーダにとっては、5歳も年下の主人公は気まぐれにからかう相手に過ぎなかった。


ところが事態は一変する。蒼白な顔に悲哀と疲れの色を浮かべ、恋の詩に耳を傾けるジナイーダを見て、主人公はようやく悟る。「彼女は恋をしている!」


ジナイーダの恋の相手はだれか? と疑問形にしてみたが、よほど鈍い読者でもないかぎり、早い時点で主人公の父が怪しいことに気づく。そもそも冒頭から、若い美男子である父が財産目当てで10歳年上の母と結婚したことが、意味ありげに記されている。


父の不倫は世間の噂になり、主人公一家は引っ越しをする。ある日、主人公が父と乗馬に行くと、ジナイーダが待ち受けていた。そこで主人公は、ジナイーダが父に鞭打たれる場面を目撃する。鞭について主人公が尋ねると、「捨てたのさ」と父は言い放つ。

しばらくして手紙が届く。それを読んだ父は興奮して泣き出し、その二、三日後、脳溢血で命を失う。数年後、主人公はジナイーダの死を知る。


主人公である息子にとって、父は圧倒的な強者であり、「乙に気どり澄ました、うぬぼれの強い、独りよがりの男」と語られている。父は「征服」したジナイーダに対しても、鞭をふるって強者としてふるまう。


しかし、その「強さ」は資産家の女と結婚した立場を基盤としたものであり、父自身の資質ではない。中身のない、すかすかの「強さ」だ。本人もそれを自覚していたからこそ、平気で何度も妻を裏切り、冷淡に息子と接し、無残に恋人を捨てることで、男らしい「強さ」を誇示しようとしていたのではないだろうか。けれども、恋人からの手紙によって、その虚ろな「強さ」が崩壊する。結局、妻に尻拭いをしてもらい、あっけなく死ぬ。

先のインタビューで監督はこう語っている。「『男性の弱さ』とそれを認めるという意味での『強さ』を描く必要を感じました」。いまようやく、男性が「男性の弱さ」と向きあおうとしているのかもしれない。


*インタビュー出典:2021年8月24日付 現代ビジネス(講談社)のサイトより

gendai.ismedia.jp

(ここまで)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


やはり長く読まれてきただけあって、最初に予想したような「甘酸っぱい初恋物語」みたいに甘くはなく、父と息子の葛藤、零落した貴族であるジナイーダとないがしろにされる主人公の母のそれぞれの立場、さらに、語りの枠という視点(この物語は、40歳になった主人公が思い出話を綴るという形式で書かれている)、唐突に描かれる老婆の死……

など、さまざまな観点から読み解くことのできる小説だったが、どうしても私は少し前に見た映画『ドライブ・マイ・カー』と重ね合わせてしまった。

映画『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の短編集『女のいない男たち』所収の「ドライブ・マイ・カー」を原作としているが、同じ短編集所収の「シェエラザード」「木野」の内容も編みこまれていて、『女のいない男たち』の全体像を映し出した作品だとも言える。

女のいない男たちになるのはとても簡単なことだ。一人の女性を深く愛し、それから彼女がどこかに去ってしまえばいいのだ。――「女のいない男たち」

と書かれているように、ジナイーダを失った「はつ恋」の主人公も父もあっさりと「女のいない男たち」の仲間入りをする。
ところが、「女のいない男たちになるのはとても簡単なこと」でありながら、そのまま生き続けていくことは簡単なことではないようだ。


父はまだ若いというのに、あっさり病死する。「独立器官」(『女のいない男たち』所収)の渡会医師のように。
おそらく、ジナイーダからの最後の便り――物語の中でその内容はあきらかにされていないが、母が送金した事実から脅迫に近いものだったのかもしれない――によって、ジナイーダを捨てたつもりでいた自分が、ジナイーダに捨てられてしまったことに気づき、女を思いどおりにする自分という幻想で構築していた世界が崩壊し、死に至ったのではないだろうか。

一方、主人公は40を超えても誰とも結婚せず、仲間たちとの恋バナの席ではもったいぶってその場では語ろうとせず、後日こんな手記(この小説)をしたためて持っていく始末。

そして彼女の死と共に、僕は十四歳のときの僕自身を永遠に失ってしまったような気がする。――「女のいない男たち」

この主人公も、ジナイーダの死によって、16歳の自分を永遠に失ったのだろう。

この物語の最後、ジナイーダの死を知った主人公は、「どうしてもそうせずにはいられなくなって」、貧しい老婆の臨終に立ち会う。
貧しい人生を送ってきた老婆は、死に瀕してもいっこうに救いを見出せず、最期まで苦しみ続ける。ようやくおびえの色が消えたのは、意識を失ったときだった。

それを見た主人公はそら恐ろしい気持ちになる。
ジナイーダは救われたのだろうか? 父は? そして自分は救われるのだろうか?
ひたすらに主人公は、ジナイーダのために、父のために、そして自分のために祈る。
「女のいない男たち」を締めくくっているのも、祈りの言葉だ。

女のいない男たちの一人として、僕はそれを心から祈る。祈る以外に、僕にできることは何もないみたいだ。今のところ。たぶん。

 

たとえ「正しくない人」であっても糾弾せず、排除しない――『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ)

さて、今回の800字書評講座の課題は、ベストセラーとなって世間を席巻した、ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』だった。

これもまた、書くのが難しかった。
いや、どの課題書も簡単だったことはないけれど、こういう文句のつけようのない「いい本」、書かれている内容が「正しい本」こそ、書きづらいものだとつくづく感じた。

私の書評は以下のとおりです。

ここから------------------------------------------------------------------------------

(題)どうしてこんなに「いい子」なのだろう?                                  

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を再読して、あらためて思うのは、この息子はなんと「いい子」なのだろう、ということだ。だがその一方で、なぜダニエルと仲良くなったのだろう? という疑問もわいた。


ハンガリー移民の両親を持つダニエルは、「黒髪と薄茶色の瞳のすらりとした美少年」で、子役経験もあり、中学校で『アラジン』を上演する際も主役の座を射止める。そんなダニエルは、自らも移民でありながら、黒人の生徒を「モンキー」と呼ぶ「コテコテのレイシズム原理主義者」でもある。ぼくが「いい子」ならば、ダニエルはまちがいなく「悪い子」だ。それなのに、息子は「ダニエルと僕は、最大のエネミーになるか、親友になるかのどちらかだと思う」と言う。


東洋人である作者とアイルランド系英国人である配偶者の間に生まれた息子は、英国では東洋人として差別を受け、日本に来たときにはじろじろと見られたり、ひどいときには酔っぱらいのおっさんに「Youは何しに日本へ?」などと絡まれたりもする。タイトルにもなった「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」という言葉に、息子の心情が凝縮されている。


ならば、レイシストであるダニエルは「エネミー」にほかならない。しかし、差別発言をくり返すダニエルが、ほかの生徒たちから「正しくない人認定」をされ、バッシングされても、息子はダニエルの友人であり続ける。


たとえ「正しくない人」であっても糾弾せず、排除しない――この視線こそが、ブレイディみかこが、ほかの社会派ライターと一線を画している理由ではないだろうか。
この本と同時期に書かれた『ワイルドサイドをほっつき歩け』では、EU離脱に票を投じ、時代遅れの排外主義者と蔑まれがちな「労働者階級のおっさん」についても、それぞれの事情や内面に目を向けて、「おっさんだって生きている」と綴っている。

この本において、エンパシーとは「自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人が何を考えているのだろうと想像する力」と定義されている。自分から見て「正しくない人」であっても、その人の靴を履いてみようとする力。その人が困っていたら、助けようとする気持ち。

『アラジン』でジーニーを演じる息子は、「自分とはまったく違う人物になることを心から楽しんでいる」。「いい子」たる所以は、「正しさ」ではなく、エンパシーの能力なのだと理解した。

ここまで------------------------------------------------------------------------------


ブレイディみかこさんの書いたものをほとんど読んでいるけれど、正直なところ、この本については、
書評のタイトルのように「この息子、どうしてこんなに〝いい子〟なのだろう?」という点がどうしてもひっかかってしまい、感想をまとめづらかったのだけれど、
〝悪い子〟のダニエルに焦点をあてることで、「正しさ」よりも「エンパシー」に主眼をおく論理を立てることができた。(おおげさな言い方ですが)


やはりこの本の肝は、「他人の靴を履く」エンパシーについての深い考察(そして、それを中学生の息子が成し遂げているということ)であり、ほかの受講者の書評もエンパシーに触れているものが大半だった。

なかには、日本では「みんなちがって、みんないい」と教えるが、日本社会にはその先がない、という指摘をしている人がいて、なるほど!と思った。というか、現実の日本社会では「みんなちがって、みんないい」すらも、まだまだ認められていない気もするが。

あとひとつ、ほかの受講生からの指摘で興味深く感じたのが、作者がダニエルを「ハンサム」と評したことや(私の書評でも「美少年」と書いていますが)、
さらに近所の少女が行方不明になったくだりで、「年上のボーイフレンドと遊んでるとかならいいけど」と作者が言い、イギリス人の夫に「それが犯罪じゃねえか」と注意される場面を取りあげ、
日本人は未成年の児童に対しても容姿を評価する傾向があり、それが未成年の児童を性的な対象として見ることに寛容であることと地続きなのではないか、という意見だった(もちろん、作者が未成年の児童を性的な対象として見ているわけではないが)。

たしかに、日本人はすぐにルックスのことをあれこれ言う。
いや、欧米人も気にしていないわけではないだろうが、日本人ほど、他人のことを堂々と太ったとか痩せたとか言わないのではないだろうか。
うちの母親もテレビに出ている芸能人を見て、「太ったな」「歳とってぶさいくになった」など、しょっちゅう吐き捨てていた。

考えたら、ルッキズムというのも、ある一定の美の基準(痩せているとか、目が大きいとか)を全員に適用することなので、「みんなちがって、みんないい」が実践できていないことのあらわれかもしれない。

それにしても、「他人の靴を履く」エンパシーは難しい。

ちがう立場の相手の気持ちを想像する、なんて言葉でいうと、さほど難しいことのように感じないけれど、具体的な例を挙げて、絶対に理解できそうのない相手の気持ちを想像しようとすると……たとえば、いま総裁選に立候補している某女性候補の気持ちとか……ちらっと考えただけで、無理だ!と即座にギブアップしてしまう。
エンパシーの難易度の高さを思い知らされる。まだまだ修行が足りない。

ちょうど出たばかりのブレイディみかこさんの新刊『他者の靴を履く――アナーキック・エンパシーのすすめ』が、本書の続編と言えるものであり、まさにエンパシーをテーマにしているようなので、読んでみないと。
そう、エンパシーとはアナーキックなものなのだろう。

 

 

あなたの選ばなかった人生は? マット・ヘイグ『Midnight Library』

マット・ヘイグの『Midnight Library』を読みました。
発売されてから一年近く経っているのに、いまもなお、The New York Times誌のベストセラーに入り続ける人気作です。 

主人公Noraが死のうと決心するところから、物語がはじまる。

Noraは兄のJoeとバンドを組み、デビューの契約までこぎつけた。けれど結局、Noraはバンドを続けられず、デビューの話も消えた挙句、Joeにも絶交された。バンドをやめた理由は、パニック障害に襲われたうえに恋人のDanが音楽活動をよく思っていなかったからだが、Danとの結婚話も解消してしまった。

以前、親友のIzzyに一緒にオーストラリアに移住しようと誘われたが、Danとの結婚を考えていたNoraが断るとIzzyはひとりで移住し、連絡も途切れがちになった。

ダメ押しのように、飼い猫のVoltが車にひかれて死んだ。ピアノを教える仕事をしていたが、そこもクビになった。何もかもが行き詰まってしまった。

どうしてこんな人生になったのか? 

子どもの頃の自分は、熱心な父親の指導のもとで、オリンピック出場を目指す水泳選手だった。自然科学にも興味を抱き、National Geographicを愛読して、科学者になるという夢も持っていた。音楽にも才能を発揮し、学校のみんなからCOOLと憧れていたJoeとバンドを組んで、自分で曲を作って歌った。大学では哲学を専攻し、H・D・ソローに傾倒して哲学者になることも考えた。
ありとあらゆる可能性に満ちていたはずだった。

なのに、なぜこんなことに? 

仕事もない。お金もない。友達もいない。恋人もいない。飼い猫も死んだ。(電気グルーヴの「N.O.」みたいですが)

Joeに電話をかけてヴォイスメールを残し、紙切れにメッセージを書きつけ……そしてNoraが目が覚めると、そこは図書館だった。

目の前には、かつて通っていた学校の司書をしていたMrs Elmがいる。Mrs Elmが言うには、ここは生と死のはざまにある図書館らしい。
この図書館に置かれている本には、Noraが選ばなかったいくつもの人生が書かれていると、Mrs Elmが語る。好きな本を選んで手に取ると、選ばなかった人生を生きることができる、と。
Noraはこれまでの人生における数限りない後悔をふり返り、選ばなかった人生を生きてみようとするのだが……

というのがあらすじで、ここからNoraは、水泳を続けていた人生、Danと結婚した人生、科学者になった人生、バンドで成功をおさめた人生、Izzyとともにオーストラリアに移住した人生、飼い猫Voltを外へ出さずに家に閉じこめた人生……を生きてみるのだが、案の定、どれも思っていたようにはうまくいかない、というお約束の展開となる。

選ばなかった人生を生きてみるというのは、ありふれた設定とも言える。
だがそれでも、この小説がこれだけ多くの読者をひきつけるのは、ひとつひとつの人生がディテールまで書きこまれていて単純におもしろいという理由もあるが、なにより、主人公Noraの追いこまれた心情やとめどない後悔が切実でやるせなく、読者の胸に響くからではないだろうか。

とはいえ、Noraはオリンピック選手を目指せるほどの運動能力を持ち、音楽の才能もあり、小学校や中学校においては完全に勝ち組、学校のスターと言っても過言ではない存在である。冷静に考えると、とくに取柄のない大半の一般人にとっては、共感できる要素なんてない。
なのに、なぜNoraの気持ちがこんなに理解できるのか?

これほどの能力に恵まれているというのに、Noraの自己肯定心は著しく低く、水泳でもバンドでも注目を浴びることに耐え切れなくなり、パニック発作を起こしてしまう。

Noraは選ばなかった人生を生きているうちに、両親が結婚生活や人生の不全感を解消するために、自分に多大な期待をかけていたのだと気づく。だから競技を続けることが苦しくなったのだ。
音楽活動にしても同じだ。バンドで成功するという夢を抱いていたのはJoeの方だった。Danとの結婚生活はDanの夢であり、Izzyとのオーストラリア移住はIzzyの夢であった。

これまでの人生において、Noraは誰かの夢を叶えるために力を尽くし、でも自分の夢ではないので最後には破綻して罪悪感を覚え、自己肯定心が落ちこみ、そして自分を肯定してもらうためにまた誰かの夢を叶えようとする、というのを何度もくり返してきたのだ。

自分が自分でいようとしたら誰かを失望させる、誰かの期待に応えようとしたら自分でないものにならなければいけない――
これがNoraの心に刻まれたトラウマであり、多くの読者にとっても思い当たる心の動きであったため、これだけのヒット作になったのではないだろうか。

いくつもの選ばなかった人生を生きたNoraは、選ばなかったのには選ばなかった理由があり、もしくは、どう選んでも最終的には同じ結果になっていたことを心の底から納得する。
そうしてついに、Noraは完璧な人生を手に入れる。愛する夫に愛する子ども、やりがいのある仕事。しかし、その人生も長くは続かないと悟ったとき、Noraのとった行動は…………

マット・ヘイグは『#生きていく理由 うつ抜けの道を、見つけよう』で、自らが体験した不安神経症うつ病について記している。 

 自らもうつで悩んだことがあるから、死にたいと思う人の気持ちがこれだけリアルに描ける――
というのは安直すぎるが、それでもやはり、『#生きていく理由』と『Midnight Library』はつながっているように感じた。

『#生きていく理由』では、「生きているということ」という章で 

生きていくことは苛酷だ。人生は美しくすばらしいものにもなりうるが、同時につらいものでもある。 

と書き、「不滅の偉大なる詩人にして広場恐怖症だったエミリー・ディキンスン」の言葉を紹介している。

 二度と同じことは起こらないということが、人生をとても甘美なものにする

 二度と同じことは起こらない――つまり、人生のあらゆる選択は一度きりである。だからこそ後悔の連続でもあり、『Midnight Library』でいう〝Regret of Books〟ができあがってしまう。けれど、それこそが人生の甘美さなのかもしれない。 

英米での人気にくらべると、日本ではマット・ヘイグはブレイクしているとは言いがたい。コアな純文学やミステリーの読者でなくても楽しめる、この手の作品の知名度があがれば、もっと海外文学の読者も増えるのではないかと思うのだけれど……
おそらくこの『Midnight Library』も翻訳されるだろうから、その際には私も応援して(ものすごい微力ながら)、日本でも盛りあがったらいいなと思います。 

懐かしのクジラのノルウェー風 日本の給食史を総括した『給食の歴史』(藤原 辰史著)

給食というと、何を思い出すでしょうか? 

年配の人ならば、悪評高い脱脂粉乳がまっさきに頭に浮かぶかもしれません。若い人ならば、郷土色豊かなごはん食かもしれません。
給食の時間が楽しみだった人、あるいは苦手だった人、どちらにせよ、給食は個人的な思い出と密接に結びついているはず……

さて、今月の書評講座の課題本は、『給食の歴史』(藤原 辰史著)でした。 まずは私の書評から。

 

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(題)牛乳と食パンと煮物が象徴する給食の苦悩                                       

小学生の頃、給食の「こんだて表」が届くとすぐに目を通し、苦手な昆布巻きはいつ出てくるのか、かきたま汁やクジラのノルウェー風といった、比較的ましなメニューはいつ出てくるのか必死に探した。

大人になり、もう「こんだて表」を見ることもなくなったと思っていたが、親が介護施設に入所してからは、面会に行くたびに、壁に貼られた「献立表」を眺めた。そして先月、自分が入院することになり、病棟の談話室に貼られた「献立表」を、毎日欠かさずチェックした。 

『給食の歴史』では、給食の基本的性格の第一番目に、「家族以外の人たちと食べること」を挙げているが、「家族以外の人たちによって作られること」も、同じくらい重要なのではないだろうか。
というのは、『給食の歴史』を読むと、給食の歴史は、「給食を導入すると自助的精神が失われる」という批判との戦いの歴史でもあることがわかるからだ。

なかでも、「栄養学の父」佐伯矩の弟子、原徹一の慧眼には驚かされる。原は1935年の時点で、弁当持参を強制すると、貧しい家庭においては非常に厳しい事態を招くこと、また貧困児童のみに給食を与えると、その児童にとって痛烈なスティグマになることを指摘し、全校生徒への給食を主張した。自助という名のもとに、子どもの養育の責任を家庭に押しつけることの弊害をすでに見抜いていたのだ。

給食の歴史は、第二次世界大戦の敗戦によって転換点を迎える。GHQの指導の下、飢えた子どもたちを救うため、給食が全面的に導入された。その一方で、自立精神を損なわないために、無償給食は共産主義へつながるものとして否定された。
しかし、日本中が飢えから解放されたように思えた高度成長期の1967年に、岩手で発生した子どもの餓死事件の詳細を読むと、自立とはいったい何なのか? と考えさせられる。


再び景気が悪化し、給食費を払わない家庭の子どもには給食を与えない決定が下されるようになった。「親の怠慢」が非難され、自助の必要性が喧伝される時代になった。私たちはいつまで「近代的家族制度」に寄りかかり続けるのだろうか? 
給食は、自助や家族愛という名目で、子どもや高齢者、病人の世話を家族に押しつける勢力への防波堤なのだ。

手術を受けた翌日の朝、牛乳と食パンと煮物という妙な取り合わせが出てきて、学校給食を思い出した。いま思えば、このちぐはぐさが児童福祉と自立教育の狭間で戦ってきた給食の苦悩の象徴にも感じられる。

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上でも書いたように、私自身は牛乳とパンと温かいおかずという取り合わせが苦手で(ごはん食はまだ少ない時代だった)、給食の時間はどちらかと言えば苦痛だったのだが、クジラのノルウェー風やカレーなど、好きなメニューはいくつかあった。

ほかの人の書評を読んでみても、愛媛出身の人はポンジュースが出てきたとか、それぞれに思い出がつまっていておもしろかった。
多くの人が好きだったメニューとして、クジラの「竜田揚げ」を挙げていて、そもそも私が食べていた「ノルウェー風」とは何だったのか?と調べたところ、ちょうど私が育った市のホームページに説明が記載されていた。

いただきます!<今日の給食(2月)> | 枚方市ホームページ

 こちらを参照したところ、
「サイコロ状にカットした鯨肉にすりおろした生姜、濃口しょうゆで下味をつけ、片栗粉をつけてカラッと揚げ」、
「カリッと揚がった鯨肉に、ケチャップ、ウスターソース、砂糖で作ったたれを和えて、鯨肉のノルウェー風が完成します」とのことだった。
(書評講座のときにもレシピを紹介すると、先生に「関西風だね~」と言われた……たしかに)

神戸や大阪では給食の人気メニューであったが、ご存じのとおり、クジラ肉が貴重なものとなり、私の頃も月に一回程度であったけれど、いまでは年に一回になっているようだ。

いや、メニューはさておき、この『給食の歴史』は、あらゆる側面から「給食の歴史」を包括的にまとめていて、私の書評は「自助」との戦いという面に焦点を当てているが、それ以外にも、度重なる地震や台風に襲われてきた日本における「災害対策としての給食」という性質や、給食の黎明期から現在に至るまで、絶え間なく続けられてきた現場の教師や調理人たちの努力や工夫、アメリカの余剰食糧を日本に買わせることを目的としたGHQの戦略、はたまた「先割れスプーン論争」まで、隅々にまで目配りした読みごたえのある考察が存分に収められている。

なかでも、新自由主義が推進される現在、給食がどんどん民間委託されつつある潮流と、それに必死で抗う現場の人たちによる運動を描いた章はとくに印象に残った。
下の記事では、作者の藤原さんが、以前に紹介した『人新世の資本主義』の作者である斎藤幸平さんと対談し、〈民営化〉とそれに対する〈コモン〉という概念について語り合っている。 

digital.asahi.com

それにしても、上の書評でも記したけれど、給食費を払えない家の子どもには給食を与えないという罰則は、日本の給食史において、現場はもちろん、文部省や厚生省、そして共産主義をあれほど警戒したGHQすら採用を拒否したものだ。
そしていま、そういった家の子どもに対して、当然のようにスティグマを与える世の中になってしまったのが恐ろしい。

「食べることは生きることの基本」――「手垢にまみれた言葉」という注釈のもと、作者がそう綴っているが――というのを忘れずに、他者の食に対して、そしてなにより自分の食に対しても、向き合わないといけないなとつくづく感じた。自分の食、つまり生と向き合うのが、これまた難しいけれど……

ちなみに、作者の藤原さんは、『ナチスのキッチン』という大著も記されている。
ファシズムと食を結びつけて考えたことはなかったが、ヒトラーナチスの将校たちが、どういう食物を善としていたのかは、たしかに気になる。 

 

歴史小説/時代小説の難しさ パンデミックに襲われた奈良の都を描いた『火定』(澤田瞳子)

間が空いてしまいましたが、先月は人生初の入院&手術を受ける羽目になりました。その顛末は、こちらの

note.com

に書いてあります。


さて、800字書評の先月の課題書は、澤田瞳子『火定』でした。 奈良の都に天然痘が広がるさまを描いたパンデミック小説です。

まずは、自分の書評をアップします。

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「病とは恐ろしいものだ」と、『火定』の主人公である名代は思う。「人と人との縁や信頼、理性をすら破壊し、遂には人の世の秩序までも、いとも簡単に打ち砕いてしまう」

この小説は現代より約1300年も昔の奈良時代を描いている。ところが、都に痘瘡(天然痘)が広がるさまは、コロナ禍に見舞われた現代と恐ろしいほど酷似している。
病を持ちこんだ遣新羅使について、「彼らをひとところに押し込め、新たな発病者が現れなくなるまで、何があってもそこから出さぬことだったのだ」と、もうひとりの主人公である諸男が考える場面は、どうしてもダイアモンド・プリンセス船の騒動が頭をよぎる。


貴族から貧しい庶民まで多数の者が命を落とすにつれて、ひとびとは人間の無力さと生の儚さに直面する。自分だけが助かればいいと考える比羅夫のような者や、恐怖につけこんで金儲けをする宇須のような者が出現するくだりも現代と共通している。
とくに、宇須に煽られた民衆が自分たちと異なる相貌の者、異なるルーツを持つ者を抹殺しようとするさまは、近隣国への醜い感情をあらわにする現代人の姿と重なるものがある。

何が変わって何が変わっていないのかを象徴しているのが、悲田院の孤児たちの存在だ。病に罹った孤児たちは、蔵に押しこめられて見殺しにされる。現代では考えられない所業のように思える。
だが、現代でも弱い者は見殺しにされているのではないだろうか? これほどまでにあからさまになっていないだけで。しかも、隆英のように孤児と運命をともにする者が、現代には存在するだろうか? 

時代小説には苦手意識があった。何百年も昔の人が、現代人と同じような価値観や倫理観に従って行動しているのを読むと、そんなやつおらへんやろ~とどうしても違和感を抱いてしまう。
この小説においても、迷える青年である名代や、悪役になりきれない諸男といった主要な登場人物については、この違和感をぬぐえないところもあった。また、宇須や虫麻呂といった強烈なキャラクターがあっさり命を失うのも少々肩透かしに感じられた。

しかし、悲田院の蔵をあける場面の凄惨さには、そういう物足りなさも打ち消されてしまった。「彼らの死は決して、無駄ではない」と書かれている。たしかに、無駄な生や死はない。けれども、意味があるのかどうかもわからない。人間は死ぬまで生きる、ただそれだけだという無常を、死体が積み重なる秋篠川の岸辺から強く感じた。

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1300年も昔の奈良時代を舞台としているにもかかわらず、パンデミックに襲われた都の人々がパニックに陥るさまは、まさに現在の世の中をありのままに写し取っているような臨場感があった。
さらに、この小説が投げかける、人間にとって病とは何か? 生と死は何か? という問いは、まさにいまの自分に合致したテーマであった。


けれども、退屈することなく最後まで読み進めたものの、そこまで物語の世界に没入できなかったというのが正直な感想だ。


第一には、ほかの受講生も指摘していたが、書評でも引用した「彼らの死は決して、無駄ではない」といった、生と死への意味づけのようなものが小説内で綴られていることに、ちょっと抵抗を感じてしまったからかもしれない。上にも書いたように、人間は死ぬまで生きる、ただそれだけなのではないかと思った。


第二には、これも書評で書いたように、歴史小説/時代小説(ちなみに今回、史実に基づいて書かれているものが歴史小説で、古い時代を舞台にしながらも、荒唐無稽な設定や筋立てで書かれているものが時代小説だと知った)を読み慣れていないからかもしれないが、何百年も昔の世界を描いているのに、登場人物たちが現代の価値観や倫理観に従って行動していると、どうしても違和感を抱いてしまう。


とはいっても、まったく現代と異なる価値観で登場人物が動いていたならば、現代の読者は共感できず、物語の世界に入りこむことができないだろうから、難しい問題だとは思うけれども……


というようなことを考えつつ、次に『指差す標識の事例』を読みはじめた。 

 こちらは17世紀のイングランドを舞台とした歴史ミステリーで、去年翻訳ミステリー大賞を受賞した作品である。
 4部構成の小説で、第1部はヴェネチア出身の医学生コーラが語り手となり、まだ人体の仕組みが解き明かされていないこの時代に、さまざまな実験をくり返しながら、科学の発展に貢献しようと奮闘するさまが綴られている。


『火定』と同様に〈医療〉〈歴史〉の要素があり、さらに〈外国〉すら加わって三拍子そろっているが、不思議なことに、こちらに対しては、歴史小説/時代小説への違和感が湧きあがってこないことに気がついた。どうしてだろうか?

〈外国〉の〈歴史〉小説ゆえに、最初からまったく異なる世界の読み物として受けとめているので、ひっかからないのだろうか? 
それとも、それぞれの小説の登場人物の描き方の問題だろうか? (『火定』は三人称で、『指差す標識の事例』は手記という形式の一人称という点は関係があるように思える)

原文ではなく翻訳文であるがゆえに、現代風の話し言葉であっても、逆にひっかからないのかもしれない。(『火定』は奈良の都を舞台としているのに、登場人物が江戸っ子みたいな口調なのが気になった、という感想を述べた受講生もいた)


この疑問の解はまだよくわからないけれども、小説というものは非常に微妙なバランスで成り立っているのだな、ということをあらためて感じた。

地球も、私たちも、資本主義に略奪されている――斎藤幸平『人新生の資本主義』

 さて、今回の800字書評の課題は、斎藤幸平『人新生の資本主義』だった。
 2020年に発売されたこの本は、6万部を超えるベストセラーとなり、新書大賞も受賞したのでご存じの方も多いと思う。 

  しかし、ベストセラーになったからといって、けっして易しい本ではない。気候変動問題を起点とし、最近よく耳にするSDGs(持続可能な開発目標)といった、資本主義のもとでの環境問題への取り組みは単なるアリバイ作りに過ぎないと喝破する。そしてマルクスを解釈し直すことで、資本主義から脱却して、新しい世の中の仕組み作りを提案する――というのが、本書の骨子だ。

 いまの資本主義の世の中は「持続可能」なものではない、という作者の主張には深く肯いた。もちろん、現代社会の問題点を論じた本や論客は、これまでにも数多く存在している。
 しかしこの本は、そういった所謂「リベラル」な論客が唱えがちな「脱成長論」について、日本では「高度経済成長の恩恵を受けてあとは逃げ切るだけの団塊世代の人々が、脱成長という『綺麗事』を吹聴しているというイメージが強い」ため、世代対立へと矮小化され、「緊縮」政策へと結びつけられていった、と分析する。

 さらに、古い脱成長論がなぜダメなのかについて

古い脱成長論は一見すると資本主義に批判的に見えるが、最終的には、資本主義を受けいれてしまっているからである。資本主義の枠内で「脱成長」を論じようとすると、どうしても「停滞」や「衰退」といった否定的イメージに吞み込まれてしまうのだ。

 と斬っている。
 資本主義を維持しながら、利潤追求や市場拡大、労働者や自然からの収奪をやめろというのは、真の「空想主義」であると書いている。たしかに、そのとおり。 

 では、どうしたらいいのか? 
 資本主義以外の世の中なんてあり得るのだろうか? ソ連は見事に破綻したじゃないか。中国だって、経済は資本主義を取り入れているのではないか? 誰だってそう思うだろう。ここで作者は、マルクスを読み直すことによって、新しい脱成長が可能になると説く。

共同体社会の定常性こそが、植民地支配に対しての抵抗力となり、さらには、資本の力を打ち破って、コミュニズムを打ち立てることさえも可能にすると、最晩年のマルクスは主張しているのである。 

  だが、そもそもマルクスの『資本論』をきちんと読んだことがないので、作者が読み解くマルクスのどこが新解釈なのか、これまでの受けとめられ方とどう変わっているのかについては、正直なところよくわからなかった。

 けれども、マルクスを軸に作者が提唱する〈コモン〉――「水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す」――市民が相互扶助に基づき、民主的・水平的に共同管理に参加することを重視する概念には興味をひかれた。
 そんな世の中になればいいな、反射的にそう思う。一方で、そんなこと可能なのか? という疑問も反射的に浮かぶ。 

 書評というのは自分語りではない。というのは基本中の基本だとわかっているけれど、「資本主義がすでにこれほど発展しているのに、先進国で暮らす大多数の人々が依然として『貧しい』のは、おかしくないだろうか」と問いかけるこの本の書評については、自分の生活の実感を書かずにはいられなかった。 

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(題)持続可能な努力目標

 

 「SDGs(持続可能な開発目標)は大衆のアヘンである」

  『人進世の「資本論」』の冒頭のこの言葉に、思わず深く肯いてしまった。といっても、作者のように環境問題について真剣に考えているからではない。単純に、環境問題に向き合う余裕がない人生を送ってきたからである。

 1970年代後半から1980年代初頭に生まれた私たち、就職氷河期世代は、親の世代より高い学歴を得るために受験戦争に放りこまれ、多くの者が大学や短大に進学した。しかしいざ就職する頃には、有名企業が次々に倒産し、正規雇用の職を得ることすらも難しい時代になった。30代に入って生活を安定させようとした矢先、リーマンショック東日本大震災に襲われた。同世代の中には無職から脱出できない者も多い現実を知っているので、非正規であっても、薄給であっても、仕事があるだけマシという感覚がしみついている。

 そこで地球温暖化が緊急の問題だと言われても、正直なところ、これまではピンとこなかった。地球の温度が3℃上昇することより、来月の家賃が払えるかという問題の方が重要だった。

 だが、この本を読み進めていくうちに気がついた。地球も、私たちも、資本主義に略奪されているという意味においては同じではないか、と。「人間を資本蓄積のための道具として扱う資本主義は、自然もまた単なる略奪の対象とみなす」と作者は指摘する。資本主義の成長には、地球の資源と廉価な労働力、つまり私たちの収奪が欠かせない。労働条件の悪化と環境破壊は別個の問題ではなく、同じ俎上に載せるべきなのだ。

 私たちは、努力して競争に勝って成長することがなにより大切だと刷りこまれてきた世代だ。社会主義のもとでは、努力する者も努力しない者も平等に扱われ、努力が報われないと教えられた。しかし、私たちの努力は報われたのだろうか? 個人レベルでの成功はあっても、世代レベルで見ると、生活はどんどん貧しくなっている。そのうえ、競争社会では弱者を助ける余裕はない。大半の者が敗者となり、相互扶助すらも困難な社会が持続可能であるとは思えない。

 では、資本主義から脱するためにはどうしたらいいのか? 努力信仰と成長神話を植えつけられた私たちが、〈コモン〉に移行するのは可能だろうか? まずは、私たちの努力の矛先を変えてみてはどうだろうか。資本主義を持続させるためではなく、自らの生活や労働を持続させるために努力する。それが第一歩になるのかもしれない。

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 〈コモン〉というのは魅力的な概念だが、ほかの方も書評で指摘していたように、人間の欲望の根深さ――みんなと一緒は嫌だ、他人よりちょっとでも得をしたい、損は絶対にしたくない……といった心理を考えると、実現できるのか難しい気がする。

 といっても、この本は単なる理想論や空想主義を語っているわけではなく、「フィアレス・シティ」の旗を掲げて、都市公共空間の緑化、電力や食の地産地消、公共交通機関の拡充……などを宣言し、グローバル企業を対峙する姿勢を鮮明にしたバルセロナの取り組みなど、具体的な例も挙げられている。

 ただし、バルセロナは気候も良く、観光などの資源も豊富なちょうどいい規模の都市だからできるのでは? 資源のない発展途上の町だったら、あるいは貧しく治安も悪い町だったら、こういう取り組みはできるのだろうか?  とも考えてしまう。

 けど考えたら、じゅうぶんに発展しつつも大都市過ぎず、歴史や資産がある街、というと、わが大阪もこういう取り組みを行う条件は備えていたはずだと思うけれど、逆の方向へ舵を切ってしまったのが悲しい。♪大阪の海は~悲しい色やね……

 

人間は差別心を手放すことができるのだろうか? 1964年に人種差別を描いた、有吉佐和子『非色』

 有吉佐和子『非色』を読みました。 

非色 (河出文庫)

非色 (河出文庫)

 

 1964年に発表されたこの小説は、黒人差別を扱っていることが問題視され、絶版になっていたらしい。しかし、Black lives matter運動の盛りあがりによって再び脚光を浴び、去年復刊されて話題を呼んだ。

 戦後まもない時代、戦争によって母と妹とともに住んでいた家を焼き出された主人公の笑子は、とにかく食べていくために進駐軍のキャバレーへ向かう。日本の会社はまだ機能していなかったので、職を得るためには進駐軍に近づくしか方法がなかったのだ。
 英語もできないのにキャバレーの入口に押入り、イエスやノーや言っていると、大男の黒人がクロークの職を与えてくれた。次に笑子は、キャバレーで少しでも給料のいい仕事を得るために、がむしゃらに英語の勉強をはじめる。

 すると、職を与えてくれた大男の黒人がまたも姿を見せ、英会話を教えてあげようと申し出る。男の正体は、キャバレーの支配人のひとり、進駐軍のトーマス・ジャクソン伍長であると判明する。トムと笑子はデートを重ねるようになり、ついには結婚する。しかし、娘のメアリイが三歳になったとき、トムに帰国命令が下る。
 除隊したトムと一緒に暮らすために、笑子はニューヨークへ向かうが、そこで待ち構えていたのは、まったく思いもよらない事態であった……

 とにかくこの小説は、徹底してリアリスティックに差別が描かれている。

 日本にいたときのトムは、何もかも失った当時の日本人とは比べものにならない豪勢な生活を享受している。トムと笑子は、デートでアーニー・パイル劇場(GHQに接収された東京宝塚劇場)に行き、ステーキにアイスクリームといったディナーを食べる。ふたりが結婚したのは1947年だが、新婚家庭には冷蔵庫や電気洗濯機が備わっている。


 ところが、ニューヨークの貧民街(ハーレム)に戻ったトムは、住む場所もなく友人の家を転々とした末に半地下の家を見つけ、ようやくありついた仕事は、病院の夜間で働く雑役夫まがいの看護夫であった。華やかなニューヨークを心に描いて、えんえんと船に乗ってやって来た笑子は、荒廃したハーレムの街並みと、日の当たらない新しい住処に愕然とする。メアリイは「マミイ、船の中と同じだね」と言う。

 作者のリアリスティックな視線は、人間が抱く差別心も容赦なく暴いている。

 笑子の母親は、笑子がトムと付きあうことで一家の金回りがよくなると、あからさまに笑子の機嫌をとるようになる。
 だがトムと結婚すると言い出すと、にわかに手のひらを返し、「あんな黒い人と結婚するだなんて!」と、世間さまに顔向けできないとか、御先祖様にどうやってお詫をするのかと激高する。内心では結婚を迷っていた笑子だったが、母親の言葉への反発心によって、結婚を決意する。

 この小説の興味深い点は、母親のような人物を悪人として断罪しているのではなく、その差別心や俗物ぶりを人間の愚かさとしてありのままに描いているところにある。結婚にあれほど反対した母親だが、結局ちゃっかりとふたりの新居に出入りするようになり、「アメリカさんの家は温かくていいねえ」とぬけぬけと言う。

 笑子が妊娠した際は、結婚すると話したときと同様に、「黒ン坊生れちゃ困るじゃないか」と当然のように堕胎を勧めるが、出産時には手作りの人形を持って顔を出し、笑子が働いているあいだはやむなく孫娘の面倒をみる。この小説は、こういう普通の――善良とも言える――人々の心に根付く差別心をさらけ出し、差別というものの厄介さを浮き彫りにしている。

 くわえて、差別されている者のあいだで、さらなる差別が生まれる事実も描いている。ニューヨークに渡った笑子は、プエルトルコ人が黒人よりも差別されていることを知る。ともにニューヨーク行きの船に乗った竹子は、笑子と同じく黒人兵と結婚した女であるが、

「うちの黒も言うてるで。ニグロはどんなに困ってもプエルトリコの真似はようせんて。黒の方が、あんた、まだしも教養があるし文化的や」

と言い放つ。笑子の友人となる竹子も基本的に善人として描かれているが、自分たちの所属している黒人社会より下と見做されているプエルトリコへの侮蔑の念を隠さない。笑子はかつて母親に感じたものと同じ反発心を竹子に抱くが、 

あんたはええ人やと思うていたけど、相当人が悪いなあ。プエルトリコをかばうのは、ええ気持ちやからなんやろ……?

 と返され、笑子は心の中を見透かされたように、居心地の悪い気分になる。

 白人社会の中で、ユダヤ人、イタリア人、アイルランド人が卑しめられ、卑しめられた人々は奴隷の子孫である黒人を蔑視し、そして黒人はプエルトリコ人を最下層とする。
 人間は誰でも「自分より下」を設定し、それより優れていると思わないと生きられない存在なのではないか……笑子はそう気づきはじめる。

 1964年の時点で、ここまで人種差別を掘り下げた有吉佐和子の力量に驚かされるが、この小説のもうひとつの大きな魅力は、笑子をはじめとする女たちのたくましさだ。


 女学校を出たばかりの笑子は、母と妹を養うために社会に出るが、それ以降ずっと、家族を養うために休むことなくひたすら働き続ける。ニューヨークに渡ってからは、稼ぎの少ないトムに代わって一家の大黒柱となり、次々に増えていく子どもたちを育てるために、せっせと貯金に励む。

 しかも働くだけではなく、自分でも呆れるくらいのお人好しで、船で出会った竹子や麗子といった友人たちの面倒もこまめにみる。笑子の正義感と優しさによって、差別という解決策が見出せない深刻な主題が、読者の心の中にすんなりと入りこむ。


 たくましい女性は笑子だけではなく、笑子の雇用主となる高級日本食レストラン「ナイトウ」の女主人や、ユダヤ人学者の妻として国連で働くレイドン夫人といったニューヨークで生き抜く日本人女性たちの姿も、出番は短いものの印象に残り、彼女たちの送ってきた人生を想像させられる。

 そしてなにより、笑子と並ぶたくましい女性というと、娘のメアリイである。外で忙しく働く笑子に代わって一家の主婦となり、バアバラ、ベティ、サムといった妹や弟たちを育てる。
 聡明なメアリイは学校でも抜群の成績をおさめて、小学校3年生にして、「アメリカ人という言葉は少し複雑のようです」と作文を書く。 

いつの日か私たちの家系にプエルトリコ人が混じることも考えられます。プエルトリコ人はそれを歓迎するでしょう。そうすれば誰もあの人たちをアメリカ人ではないなどとは言わなくなるでしょう。 

  ところが、トムの弟のシモンが居候として家にあがりこんでくると、家を統治するメアリイは働く気のないシモンを叱責し、「シモンのような男がいるからニグロは馬鹿にされるのよ」「アフリカの土人だわ」と罵るようになる。こんな狭い家の中ですらも上下関係が発生し、相手を蔑んで差別する心が生まれることに笑子は驚愕する。


 人間は差別心を手放すことができるのだろうか? 
 簡単に答えの出せる問題ではないけれど、この小説のラストの笑子の決意には希望が感じられ、厳しい現実のただなかでも前向きな気持ちになれる一冊だと思う。